祖父は僕が生まれる前の年に亡くなっていて、
僕は当然会ったことがない。
そもそも田舎にだって数えるほどしかきてないし。
何しろ遠いからな。
7年前に、祖父の日記を見つけた。
大正後期から、戦争が終る前、昭和19年くらいまで。
毎年、たぶん当時としては結構良いノートに、
1年1冊書いている。
7年前は、とりあえず置いてあったタンスにしまった。
しかし、祖母亡き今、あるべきところを失っているかもしれない。
叔父叔母も父も、この日記をつけているころ生まれた。
長男である叔父が生まれたときの日記は、
なかなか面白い。
祖父の生の声が、刻まれている。
魚の卸問屋をやっていた祖父は、
さすが商売人なのか、素直にお金がたまらん、とか、
もっと節約しなければならぬ、とか、
そんなことを書き連ねている。
叔父が生まれたことで心機一転なのか、
我が身への戒めや、目標、
この名前を画数まで迷ってる様子が刻まれている。
祖父母が暮らした家ももう誰も住まなくなるから、
僕はこの日記を叔父に渡した。
末っ子二男である父が生まれた日の日記もある。
昭和天皇と同じ4月29日に生れた父は、
戦前らしく、生まれた日について感謝を述べる記述がある。
ところが面白いことに、
「4月の特質べきことは、何と言っても浩(叔父の名)の入学である」とある。
3人兄弟の末っ子となれば、そんなもんなんかな。
特に戦前の長男だしね、叔父は。
この年の日記も父に渡した。
7年前、父にこの日記を見せたとき、
父は「これはきっと息子の自分は見てはいけないんだ」
なんてことを言っていた。
よくわからん理屈だけど、
よくわかる気がした。
何か怖いのだろう。
でもま、やはりこの日記は、父が継いでいくべきものなんだと思う。
叔父から、祖父の写真も貰った。
これも、父に渡した。
父が覚えていれば、きっと僕はこの写真を受け継ぐんだろう。
田舎に行くと、こういうものが色濃く出てくる気がする。
良い悪いの話ではないね。
色んな事を考える。
この日記、子供は見るんだろうかね。
見たら、どう思うのかね。
父ではなく、人間として、
初めて見てもらう瞬間なのかもね、と思う。
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